7.19.2013

★★ワークシフト(プレジデント社)

「ワークシフト(リンダ・グラットン著、池村千秋訳、プレジデント社)」は新聞やビジネス雑誌でよく取り上げられているため、気になっていて、読んでみた。本の帯には『グローバル社会、超高齢化時代に「幸せに働く」とはどういうことか? 全世代必読「働き方」の決定版』とある。著者は、読者が未来を理解し、未来に押しつぶされない職業生活を切り開く手助けをするために、この本を書いたと述べている。


<要約>

誰でも、「漫然と迎える未来」より、「主体的に築く未来」が好ましいと考える。では、どうすれば好ましい道に進めるのか。まず必要なのは、あなたの頭の中にある固定観念を問い直すことだ。好ましい道を見極めるためには、未来に関して最大限の情報と知識を集める必要がある。(25P)

では、未来に押しつぶされない職業生活を築くために、どのような固定観念を問い直すべきなのか。私たちは三つの面で<シフト>させなくてはならないと、私は考えている。
<第一のシフト>は、知的資本を強化することを目的とするものだ。昔は、幅広い分野の知識と技能を持つ人材が評価されたが、そういう状況は変わると、私は考えている。グローバル化が進展し、テクノロジーが進化して世界が一体化する時代には、あなたと同種の知識や技能をもっていて、しかもあなたより上手に同種の仕事をおこなえる人が世界中に何千人、ことによると何百万人も現れる。そこで未来の世界では、その他大勢から自分を差別化することがますます重要になる。そのために、「専門技能の連続的習得」を通じて、自分の価値(専門分野の知識と技能)を高めていかなくてはならない。未来にどういう技能と能力が評価されるかを知り、その分野で高度な技能を磨くと同時に、状況に応じて柔軟に専門分野を変えることが求められるのだ。また、個人の差別化がますます難しくなるなかで、セルフマーケティングをおこなって自分を売り込み、自分の技量を証明する材料を確立する必要性も高まる。
<第二のシフト>は、難しい課題に取り組むうえで頼りになる少人数の盟友グループと、斬新なアイデアの源になりうる多様性のある大勢の知り合いのネットワーク、そして活力を補給しストレスを和らげるための打算のない友人関係という、三種類の人的ネットワークを形作っていくこと。それができなければ、自分の力だけで大勢のライバルと競う合わなくてはならなくなる。一言でいえば、私たちは孤独に競争するのではなく、他の人たちとつながり合ってイノベーションを成し遂げることを目指す姿勢に転換する必要がある。
<第三のシフト>は、大量消費主義を脱却し、家庭や趣味、社会貢献などの面で充実した創造的経験をすることを重んじる生き方に転換すること。未来の世界を形作る要因の数々を考慮に入れると、私たちはおそらく、高い生活水準を手にするだけでは満足しなくなるだろう。大量に消費することより、上質な経験をすることが望まれるようになると、私は予想している。そういう時代には、際限ない消費に終始する生活を脱却し、情熱をもってなにかを生み出す生活に転換する必要がある。
(26-27、232-235、384-385P)



時差の壁を超えて世界が一つに結びつく傾向は、一九九〇年代以降に本格化した。テクノロジーの発展と新興国の台頭の影響が相まって、グローバル化と一日二四時間・週七日無休状態への流れが一挙に加速する可能性がある。(91-92P)

では、時間に追われる生活を避けるためには、どうすればいいのか。一つのものごとに集中して取り組む時間と、専門分野に深く習熟する機会を増やし、気まぐれと遊びの要素を生活に織り込むためには、なにが必要なのか。自分をすり減らさず、活力と才能を失わずにすむ働き方を実践するためには、どうすべきなのか。そのためには、三つの<シフト>を成し遂げることが効果的だと、私は考えている。
<第一のシフト>で目指すのは、専門技能の習熟に土台を置くキャリアを意識的に築くこと。一つのものごとに集中して本腰を入れることが出発点となる。章の前半で述べたように、高度な専門技能は10000時間を費やしてはじめて身につくという説もある。専門的な技能に磨きをかけたいと思えば、慌ただしい時間の流れに身を任せようという誘惑を断ち切り、10000時間とは言わないまでも、ある程度まとまった時間を観察と学習と訓練のために確保する意思をもたなくてはならない。
<第二のシフト>は、せわしなく時間に追われる生活を脱却しても必ずしも孤独を味わうわけではないと理解することから始まる。目指すべきは、自分を中心に据えつつも、ほかの人たちとの強い関わりを保った働き方を見いだすこと。私たちがあまりに多忙な日々を送らざるをえないのは多くの場合、あらゆることを自分でやろうとしすぎるのが原因だ。強力な人的ネットワークを築ければ、自分の肩にのしかかる負担をいくらか軽くできるだろう。
しかし、時間に追われる日々を避けるうえで最も有効なのは<第三のシフト>だろう。消費をひたすら追及する人生を脱却し、情熱的になにかを生み出す人生に転換することである。ここで問われるのは、どういう職業生活を選ぶのか、そして、思い切った選択をおこない、選択の結果を受け入れ、自由な意思に基づいて行動する覚悟ができているのかという点だ。(92-94P)



仕事に関する古い約束事の核をなすのは、「お金を稼ぐために働く」という考え方だ。しかし未来に向けて、この前提を問い直す必要がある。お金が仕事の重要な要素であることは間違いない。生活していくうえで必要な金額より少ない給料しか受け取れなければ、仕事を通じてどんなに素晴らしい経験ができても、率直に言って意味はない。
心理学者のマズローが指摘したように、人間の欲求にはいくつかの段階があり、低次の欲求が満たされてはじめて、人間は高次の欲求を満たすために行動するようになる。生理的欲求と安全への欲求を満たされれば、私たちは所属と愛の欲求を満たすために行動するようになる(「私が働くのは、友達と楽しく過ごごすためである」)。その次は、承認の欲求に移行する(「私が働くのは、専門技能を高めるためである」)。そして最後は、自己実現の欲求に移行する(「私が働くのは、自分の潜在能力を開花させる機会を得られるからである」)。
お金は、安全の欲求を満たす手段とみなせる。その意味で、お金は欲求のピラミッドの底部に位置する要素だ。それなのに、仕事に関する約束事では、お金が仕事の中核を占めるものであるかのように扱われている。お金があれば幸せが増すのではないか、と考える人は多いかもしれない。しかし、多くの人が低次の欲求を満たしはじめるにつれて、この前提が誤りであることが明らかになりつつある。手に入るお金が増えても、それに比例して幸せが大きくなるとは限らないのだ。
仕事の世界で長く過ごすにつれて、私たちは仕事の金銭的側面に重きを置くようになり、お金を稼げる仕事が悪い経験だという思考様式に染まっていく。稼げる仕事が好ましい経験で、お金を稼げない仕事が悪い経験だという思考様式に染まっていく。こうして、お金を稼ぐことが仕事の最大の目的となり、そのお金で消費することを人生の目的とする発想がいっそう強まる。消費するためにお金を稼ぎ、お金を稼ぐ結果、ますます消費するという循環が生まれる。
では、<第三のシフト>を実践し、お金を最大の目的に働くのではなく、充実した経験を味わうために働くという発想に転換するためには、なにが必要なのか。仕事を通じてさまざまな充実した経験を味わえる可能性があることは、私たちもすでに知っている。この数年、私は大勢の人たちに、次の問いを自問してもらっている--「なぜ、私は働くのか。私はどういう理由で、いまの仕事を選んだのか」。以下は、この問いに対する典型的な回答をいくつか抜き出したものだ。
※私が働くのは、一緒にいて楽しく、いろいろなことを学べる同僚たちと過ごしたいからです。そういう人間関係をとても大切にしています。
※この仕事の好きな点は、手ごわい課題に取り組めることです。難しい課題、本気で努力しないとやり遂げられそうにない課題、そしてアドレナリンが湧き出すような課題に挑むことが楽しいのです。
※いまの仕事の気に入っている点は、柔軟なスケジュールで働けることです。学校が休みの日は、子どもたちと過ごせます。それは、私にとってとても大切なことなのです。
※私が働くのは、学ぶためです。自分のアイデアをすべて実現したいと思っています。私にとって、仕事は学習のための素晴らしい場なのです。
<第三のシフト>を推し進める舞台は整った。産業革命以降、仕事に関する古い約束事のもと、お金と消費が仕事の中核をなしてきたが、それを次のように書き換えることが可能になりつつある。私が働くのは、充実した経験をするため。それが私の幸せの土台だ。
<シフト>をおこなうとは、覚悟を決めて選択することだ。たとえば、ボランティア活動やリフレッシュをする際に長期休暇を取るのと引き換えに、高給を諦めるという選択をしたり、さまざまなリスクを承知の上で起業家への道をせんたくしたり、家族や友人と過ごす時間を確保するために柔軟な勤務形態やジョブシェアリングを選択したりする。未来の世界では、選択しが大きく広がる。昔は企業が社員の代わりにすべてを決めていたが、自立した働き手が自分の働き方を主体的に選ぶケースが増える。主体的な選択を行うためには、これまでより深く内省し、自分の選択がもたらす結果を受け入れる覚悟が必要だ。
哲学者のコーステンバウムらは、次のように述べている。
「選択肢がない」と(本心)で言うのは、人間の性質を否定するに等しい。このような表現を用いるとき、私たちは人間であることをやめ、動物や機械に仲間入りすることを自分の自由意思に基づいて選択しているのだ。

選択肢が広がるなかで、未来に向けておこなわれるべき賢明な選択とは、どういうものなのか。私はこの<第三のシフト>に関して、二つの予測を立てている。一つは、私がどういう未来を作り出すかは、どの会社に勤めているかより、一人ひとりがどういう希望やニーズ、能力をもっているかで決まるということ。もう一つは、私たちの仕事のモチベーションを高めるうえで大きな役割を果たすのがお金と消費ではなく、充実した経験になるということだ。(348-364)